「ユキ・パリス ずっと、もの探し」
『ミセス』連載 2008〜2010年の続編です

No.4ヒュッケな灯り

マロニエやプラタナスの葉が茶色に、楡や菩提樹は黄色く紅葉し、コペンハーゲンの秋もイヨイヨ深まって来ました。思い返せば50年前の丁度同じ頃、私と夫(当時はまだ婚約者)は日本を離れ、パリでオンボロのシトロエン2CVを購い、2ヶ月余のヨーロッパ・グランドツアー(*1)をスタートさせました。車はあちらこちらと寄り道をしながら光を追いかけるかのように南下して行きました(詳しい事はまたの機会に)。 アルプスを超え、麦畑やブドウ畑、古い街道筋の並木や歴史的な建造物。あらゆる景色が明るい秋の陽の光の中で、まるで、ゴッホの“麦畑”のように黄金色に輝いていました。グラナダやマドリッドなどスペインでは、光は白いまでの眩しさでした。そして、ドーバー海峡を渡りロンドンに到着する頃にはそんな秋の陽射しも弱まり、いつの間にか夕闇がとても早く訪れ、風も冷たい季節となっていました。イギリスでは多くの名所と共に、X’マスのイルミネーションにも目を奪われました。よーく眺めると、それらは懐かしい電球で、とても温かいのです。人々を包み込み、ホッとさせ、元気づけてくれるような灯りでした。そうして、遂に12月15日、最終目的地のコペンハーゲンに到着し、旅は終わりを告げました。

早速、翌日からは、暗い、寒い場所での暮らしの始まりです。イギリスで慣れた(?)せいか、風の冷たさは余り気になりませんでしたが、闇の暗さは予想以上でした。「ホントに陽はまた昇るの」と疑いたくなるほど、闇が深いのです。空気は冴え渡り、無限に黒い空を背景に浮かび上がるコペンハーゲン市庁舎前広場の大きなX’マスツリー(*2)の美しい姿は圧巻でした。市内散策で目にするショウウィンドーや通りの建物の窓辺の飾り、家族や友人宅のインテリア、すべてそこには素敵な灯りがありました。蛍光灯は全く見当たらず、銀行やショップ、公官庁でさえ、X’マス用のキャンドルがいくつも灯され客を暖かく迎えていました。訪問先の個人宅でも皆、キャンドルを灯していて、キャンドルで暗くないのかと思いましたが、「強い蛍光灯などより生きた灯りの方が目に良くて、とても心地よく、落ち着く」、また、「人は原始より、動物に襲われないよう、寒さから身を守るよう、焚き火を焚いて安心して眠れた長い歴史があるので、キャンドルや暖炉の生の灯を見れば心が落ち着く」という事でした。この温かな居心地の良さこそが、彼らが暮らしの中でとても大切にしている“ヒュッケ”と呼ばれる雰囲気です。世界的に名高い照明器具の数々を生み出した北欧。アンティークのキャンドルスタンドの専門店があり、花の色に合わせた手作りキャンドルが花屋を彩っていました。私も照明の先進国と呼べる国で、ヒュッケな灯りのノウハウを少しずつ学びました。曰く、1,光源は直接目に入らないように。2,電球は青い光でなく温かい電球色や白昼色を選ぶ。3,一点の強い天井照明だけでなく、仕事や読書用、くつろぎ用など目的に合わせて選んだ複数の灯りで、光と影や奥行きを出す。(パリの強盗曰く「集合住宅の中で日本人の住まいは、天井の真ん中に灯りを煌々と灯しているので、外からでもすぐ判り、(後日)其処を狙う」、、、なんだか物騒な話も聞きました)4,キャンドルの生きた灯りを使う。5,光の明るさ(燭光)より、目に優しい光の質に気をつける、、、などなどです。

今回は、幸福度、満足度が世界一高いと言われるデンマーク人が大切にする、心豊かに暮らすための“ヒュッケ”な灯りの私版くつろぎ用灯りです。

* 1 :18世紀、英国の若き紳士達が、見聞を広め、教養を身につけるために2年余り掛けて廻ったヨーロッパ大陸への旅。主たる滞在先はローマやフィレンツェやヴェニスなど。

* 2 :一般の家庭にまだ電球の灯りがなかった1914年以来、高さ20メートル前後の樅の木を森から選び切り出し、800の電球と100個の赤白のデンマーク国旗色のハート型オーナメントで飾り付けられ、advent=待降節の第一日曜から灯される。

写真説明:左上より時計回りに

1)料理の水切り用穴あきプレートの上の陶器や磁器、ガラスのキャンドルホルダー7点。灯すと水玉や透かし模様がゆらゆら浮き上る。ホルダー:全て1980年頃。陶器製穴あきプレート:19世紀後期、フランス。

2)ソファ左右両脇のサイドテーブル上のランプ一対の右側。ガラスとチーク材、1960年台、スウェーデン。

3)ゴールドメタル製壁掛け照明、2つの花房の後ろに照明がある。1950年代、フランス、幅85、高さ77㎝。見た人が「手放す時は私に声を掛けてね」と言われることの多い照明器具。

4)ソファ・テーブルの上の黒い鉄製キャンドル・スタンド “キューブ4” 。デザイン:モーゲンス・ラーセン、1970年代、デンマーク。キャンドルに点火せずお客様を招じ入れるのはタブーとされる。

5)リビング奥のコーナーの箪笥(中国製)上の灯り。客人は光に吸い寄せられるように近くに寄ってここを眺める。スタンド:色ガラス片を閉じ込め、厚手透明ガラスを被せた花器をスタンドに仕立ててあったもの。1960年代、スウェーデン。

6)お客様の時、食卓の中央に置くティーキャンドルホルダー。実際は5個の灯りだが、囲いガラス面に反射し合う無数の灯りに、子供たちにも人気のもの。現代。

2020年11月 ユキ・パリス

著書『ずっと もの探し』(文化出版局2011年発行)
http://books.bunka.ac.jp/np/book_mokuji.do?goods_id=5518