2022.10.21

もう随分昔の事になりますが、それでも、買った時の状況は今も鮮明に覚えている、ある鳥籠についてが今回のお話です。

私の年中行事の一つになりつつあった、夏に一度開かれる野外骨董市。場所は南スウェーデンの、氷河によって削り取られた後の、緑連なる丘陵地に挟まれた草原です。ホテルも何もなく、近郊の町のB&B を探して泊まる2日間の買付けの旅。自然に囲まれながら良い出会いを求めて、真剣に、そして半ばピクニック気分で店を周ります。

 大勢の出店者が並ぶ中、順序を決めて周っていると、ある白いテント屋根の下に鎮座する、それは見事な針金細工の古い大きな鳥籠が目に飛び込んで来ました。1800年代末期のスウェーデン製だと店主がいう鳥籠は、3階建ての、幾つもの窓や扉のある、“ちょっとした館” 風情の建物の形で、既に何人かがその前に佇み、熱い視線を注いでいました。

 古い鳥籠は、西洋ではインテリアオブジェとして大変人気の高いアイテムです。しかし、私は鳥籠を探していたわけではなく、例え買っても「どうやって日本に送るの?」と、別の私が囁きました。しかし、全体の姿や屋根や壁、扉や窓の針金細工の様々な表現はとても味があり、「こんな魅力的なモノを見逃す事は、とても出来ない」と、運送などはその時考えることにして、購入を決めました。

 支払いを済ませ、少し離れた駐車場まで夫と二人で運ぶ道すがら、多くの人達が鳥籠に目を止め、 「素晴らしいネ」、「おめでとう」などなど様々な反応を返してくれます。その中の一人が、「これは素敵なFir de fer(フィル・ド・フェール=仏語で鉄の糸の意)だネ」と鳥籠について教えてくれたのです。言葉は聞いた事はありましたが、自分の手の中の、目の前のものがFir de ferだとは知りませんでした。

 「Fir de fer」、、、後日調べると、フランスで19世紀、針金の束とペンチ等簡単な道具を携え村から村を旅し、市で実演販売をしていた。それが、フランスと深い繋がりのあるスウェーデン(フランスから王様を招聘した歴史、文化あり)にも伝わった。確かにフランスでは、野菜入れや花摘み籠、卵入れ、、、針金で作られた様々なFir de ferの古い暮らしの道具が今も見られます。

 日本でも、竹細工のザルや籠、箒などを山盛り天秤棒にぶら下げ担いで売り歩く、髷頭の男性の古い写真を見た事があります。アジアの手近な材料=竹で作る道具、、、虫籠や鳥籠だってありました。しかし、Fil de ferのものには、鉛筆の一筆描きに似た自由な線の動きの面白さ、味わいがあります。そして、何より存在が軽やかで室内空間を邪魔しません。心惹かれる針金細工のものに出会うと幾つか求めました。決して価値ある、家宝になるようなものではなく、あくまで線や味わいが楽しめるモノです。

 写真の上2つは真正のFil de fer で、次の花摘み籠と襟飾り用スタンド、台所道具はベル・エポック時代(1900年代初期、鍋敷きは中期)の機械工程が少し入った時代のものです。

 この鳥籠のその後は如何に、、、?
コペンハーゲンの我が家で2年ほど植物を入れ、眺め楽しんでいたのをご覧になった客人のもとにお嫁に行きました。緑の草原で見つかった鳥籠が大切に梱包されて、今、日本で花入れとして愛用されています。「良いものは世界を巡る」という言葉を思い出しました。

2022.9.16

春一番に芽吹くマロニエの葉が落葉を始め、路上を舞い出しました。何処までも澄んで、いつまでも明るかった空も今は早く暮れ、光恋しい季節に突入です。そんなコペンハーゲン(日中温度約13〜18℃)から、残暑が続き、まだ涼感が嬉しい日本へお届けする今回の「デンマーク便り」は、水にまつわるガラスについてです。

 1960年代、ミッドセンチュリーの終盤に、ヴェネツィアのムラノ島やスウェーデンの著名な作家たちによって作られ注目を浴びた、一連の美しいガラス作品があります。一千年以上のガラス作りの歴史を持つヴェネツィアでは、美しい効果を見せる複雑で門外不出の技法が数々生み出されてきました。そして、1930年に新たに「SOMMERSO」(ソマーソ又はソッメルソ=イタリア語で水に沈んだ、水に沈めた)と呼ばれる技法が生み出されました。透明な厚手ガラスの中に、透ける色ガラスを二層、三層と重ね閉じ込めたもので、その様子が丁度、色ガラスを「水に沈めた、又は水の中」を見る様な、ということで付けられた名前です。色ガラスを閉じ込める技法は昔からありますが、この新しい技法は厚手の透明ガラスの中に色ガラスを吹き込み、またその中に別の色ガラスを吹き込む、、、この作業の中で色の層が混ざらないよう、また、空気が入らないよう真空技法なるものを用いて、あたかも「透明な色ガラスの層が自然に重力で水に沈んだよう」に見えるのです。色ガラスの色や組み合わせ、形は作家によって異なり、それぞれが一点物と言われますが、私は色とその組み合わせの美しさと共に、形をとても重視します。形は自由で柔らかい丸みあるものや具象的な形など様々ありますが、私の好みの形はキリッとメリハリある幾何学的、直線的なもの(この形が60年代に花開きました)です。この形作りには厚く大変重い、透明度の高い質の良いガラス=鉛分を多く含むクリスタルと、非常に熟練した職人の忍耐と集中力のいる手作業によるカット技法の面取りが必要です(ソーダガラスや質の悪いクリスタルでは、カット技法が出来ません)。

そんな「SOMMERSO」は世界中に広がりコレクターもいますが、私もいつ頃からかメッセなどで出会うと少しずつ求めるようになりました。日本では茶道具や和食器など夏が出番のガラスですが、こんなガラスを眺めると、欧米で一年を通して愛さている理由が、涼感ではなく、この「輝き」と「光」、「色」なのだと納得している私です。

※一番上の写真、右4点が「SOMMERSO」

 

 

2022.8.31

古美術商の看板を上げ、京都でショップをスタートして早や20年。開店以前の長い収集の年月や、オープン後の買付のための時間、、、自分でも呆れるばかりの時を「もの探し」「自分探し」に費やして来ました。思い返せば楽しいばかりの時間でしたが、気が付けばいつの間にか、古美術・骨董・ビンテージのマーケット事情も大きく様変わりしました。
これ!と心に響く良いモノは少なくなり、反比例するように価格は上昇線を辿ります。「需要が供給より大きい」状況を考えると納得の現象ですが、そんな変化の顕著なものが北欧のストーンウェアでしょう。

ストーンウェア(炻器)=高温焼成(約1200〜1300℃)で釉薬が胎土と一体化し、陶器や磁器に比べ、密に焼き締まった固くて重く丈夫な、文字通り石のような焼物です。
「美しいモノが人々の日常生活の質を高める」「Beauty for all」の信念に基づいた物作りは、北欧の製陶の分野にも大いに影響しました。大手製陶会社は工場内に工房を設立し、当代一流のアーティスト達(陶芸家に限らず彫刻家やグラフィックデザイナーなど)を国内外から迎え入れ、一点物や限定物のストーンウェアのアートピースの制作を本格的に開始しました。1930年頃の事です。
そして、シカゴ万博(1933年)、パリ万博(1937年)、また1950年代に米国、カナダを巡回した「スカンディナビア展」等を通して、北欧のストーンウェアが北米やヨーロッパの人々の興味、称賛を集め、今も’30〜60年代のモノの人気は絶大です。(ちなみに、米国のギャラリー・骨董店での人気のスタイル5選は、ルイ16世様式、アールデコ、バウハウス、ミッドセンチュリー、スカンディナビアモダンです)

 轆轤など手作りの良さを残しつつ、自然からインスパイアされた洗練された美しいフォルム。中国や日本の古い焼物から影響を受け、独自に発展させた様々な釉薬の色や表情(釉薬の専門家も工房で作業)。’30〜60年代のものは今見ても大変新鮮で、現代空間の中でも力強く存在感を放ちます。
私も大好きなジャンルのひとつですが、今の小さなパイの取り合いの様な現状に「もっと頑張って買っておけば良かった」と昔を懐かしんでも仕方ありません。今は「無理をせず、良い出会いがあった時だけ、、、」と、肩の力を抜いて下絵等にも目を向け、メッセやオークションなどで選んだのが写真のもの達です。